学校臨床

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NPO法人「ライナスの会」が解散へ/藤沢

 いろいろな評判は耳に入っていましたが、まぁ、本当のところはよくわかりません。
 ただ、(生徒減と時期がかぶったという不運はあったものの)助成金が終了になると運営が厳しくなるって言うのは、どうなんでしょうね?


詳しい記事は↓こちら↓
[「ライナスの会」が解散へ]の続きを読む
駆け出し児童精神科医さんのブログ、A Fledgling Child Psychiatrist のエントリー、食事とADHDをみて知りました。

以前から当ブログでも「○○になる危険性がある」という危機ばかりに焦点を当てるのではなく、冷静に対応すべきと言ってきたが、どうしてもテレビをはじめとしたマスコミでは、問題点を穿り出して不安を駆り立てる事が好きらしい。

今回、「NPO法人えじそんくらぶ」の丁寧な抗議の結果、まだ不十分ながらもテレビ局に謝罪させた事は非常に意味のあることだと思います。このように視聴者側が意見をいい、感情的なだけではなく理論的に問題を指摘して抗議したことはよい。

その一方で、もし「あるある大辞典の捏造報道」についてみんなが中もくしなかったならば、こんなにも早く謝罪文がテレビ局のHPに掲載される事はなかったかもなぁ。・・・などと思ってみたり。


いよいよ新年度が始まりましたね。新しい学校に入学する人も多いでしょう。そんな時に、必ず思うのが「学校は楽しいから行くわけではない」という枠組みでみていく事の重要性です。
 とても逆説的ですが「楽しさを追求しない事によって、結果としてより楽しい学生生活が出来るのではないか」と思います。

ちょっと話が飛びますが、不登校の中には「遠足とか運動会にはちゃんと出席でき、出席する時はケロッと一日過ごせてしまう」タイプがあります。こういうタイプでは「卒業式に出席する事」もそれほど難しくありません。そして、卒業式に参加で北という事実を周囲から見ると「私たちの働きかけが実って、やっと卒業式に来てくれた。やっぱり『本当は学校に行きたい』と思っていのね」という感激が大きく、「このまま次の学校でもうまくはず」と考えがちです。でも実際のところ「新しい学校でやっぱり上手くいかない」というケースも多いです。
 そこで、理解しなければいけないのは「学校を楽しいと思わない子もいる」「学校よりは家の方がいいと思う子もいる」という当たり前のこと。“楽しい−楽しくない”という軸だけで問題を見たのでは、昼間に学校で授業を受けるよりは家でゲームをしていた方がいいと思う子だっているわけです。
 そういった当たり前のことに目を向けず、ただ「子どもは学校が好きなはず」「本当は学校に行きたいはず」「学校に行けば楽しいはず」という理想だけを周囲が押し付けても上手くいきません。子どもが「学校なんてつまらないし、行きたくない」と言っても、周囲の大人が「そんなこと言いつつも本音は『学校に行きたい』と思っているはず。それに気づいていないだけよ」などと子どもの心をわかっている振りをするよりは、「学校は楽しいだけの場所じゃない。ある時は、つまらないかも知れないし、かったるいかもしれないけれど、それが学校だよ」というネガティブなフレームを周囲が持った方がより具体的で効果的な支援が出来るのではないでしょうか。

 これは、不登校問題に限りません。学級崩壊やいじめ問題などさまざまな学校の問題に影響を与えます。つまり、「学校生活は楽しいはず」→「楽しくない出来事が起きる」→「様々な対処行動」→「新たな不平不満」というパターンが多くみられます。これらの問題でたびたび出てくるのが“楽しい−楽しくない(つまらない)”という基準。トラブルのきっかけを聞くと「授業がつまらないから」「自分のやりたい係になれなくて、むかついたから」といったエピソードを聞きます。そんな時に出てくるのが「つまらないのがむかつく」「自分はつまらないのに、あいつは楽しそうでむかつく」・・・。
 そんな相談をスクールカウンセラーとして受けながら「お互いもう少し我慢ができれば、こんなトラブルとか起きずにもっと楽しめるのになぁ〜」と思うことがたびたびあります。

 「学校は楽しいだけの場所じゃない。ある時は、つまらないかも知れないし、かったるいかもしれないけれど、それが学校だよ」というネガティブなフレームを持ちつつも、「入学したら思いのほか楽しい生活で充実した毎日だった」となれば、それはとてもすばらしいことだと思います。
 そんな訳で、入学式前のこの時期に不安をあおる事はよくありません。しかし、事実として「学校の出来事は楽しい事ばかりじゃないし、出会う人もいい奴ばかりじゃない。でも、自分が出来る範囲のことをして、私たちにもいろいろ話して欲しい」といった内容を親子でしてもらえるとありがたく思います。当たり前の事ですよね?全員が仲良くて楽しい出来事の連続ということもあるでしょうが、それは奇跡的なことです。
 スクールカウンセラーとしても「学校は楽しいもの」という単純なディスコースを作り出さないように気をつけていきます。その上で、お互いが過ごしやすく出来る限り学生生活を楽しめる環境づくりをしていきたいと思います。


落ち着かない新1年生…5月にクラス編成の学校

 中一不登校への対応についてで、中1ギャップのことを書きましたが、小学一年生にはいる時は小1プロブレムと呼ばれるそうです。



小1プロブレム (東奥日報)

 小学校に入学したばかりの児童が落ち着いて教師の話を聞けず、友達と騒いだり教室を歩き回るなどして授業が成立しない問題。伸び伸びとした幼稚園から、決まり事の多い小学校へと学習環境が急激に変化し、児童が戸惑うことが原因とされる。「児童を甘やかし過ぎるなど、親のしつけが行き届いていないことも原因の一つ」と指摘する声もある。




私が関わっている小学校でも数年前から、入学後1か月は生年月日順に機械的にクラスを分け、GW連休明けに新クラスに移行するという取り組みをしていました。実際、小学校入学までに保育園や幼稚園の指導方法はバラバラであり、もちろん未入園のお子さんもいるわけですから、身についているスキルにばらつきがあるのは当然です。そこで、1ヶ月間ならし期間をおく事で、子どもたちには小学校に慣れてもらう、学校側でもクラスごとに授業のやりやすさが偏ることなく編成できるというメリットがあるわけです。その結果、充実した小学校生活を目指すのです。その1ヶ月間は、教員は各クラスを持ちまわりで担当して、新担任は全ての子供を把握した上で、担任を受け持つ。保護者にも着てもらって授業風景を見てもらい、小学校生活に理解してもらうとともに、サポートしてもらう。

 とても良い取り組みだと思いますよ。教員も担任だけが抱え込むわけではなく、学年全体、そして教員全体でサポートする。保護者も学校の様子がわかり、家で教えておくべきこと・準備すべきこともわかる。子どもも、1ヶ月間学校に慣れてから、本格的な小学校生活をすごせるわけです。

 やはり新しいシステムに入る時の変化には最善の配慮をすべきだと思います。小1プロブレム、中1ギャップ、今後は大学・専門学校の90分授業に適応できないといった状況も問題になるかもしれませんね。

少年マガジンに「緊急企画 問題提起シリーズ 第3弾 いじめ問題に迫る!! 15の夜 〜いじめられているきみへ〜」という漫画が前編と後編に分けて2週間連続掲載された。

 僕がこの連載について教えてくれたのは、勤務校の特別支援学級の担任の先生。「ちょっと読んでみてくださいよ。これで終わりにしていいの?って感じがするんですが」と薦められたわけです。

 で、読んだわけですが、確かに「これで終わりかよ・・・」と言った印象です。

感想については、少年マガジンでいじめ啓発漫画完結〜ほとんどアスペルガー症候群の話題に終始〜に、とても分かりやすく書かれていて、僕もほぼ同意見です。
 ページ数の制約が大きかったのかもしれませんが、「そんなにうまくいくかよ」という印象が強かったです。特に最後にクラス全体が「(いじめ)止めなよ」というムードになったところがあっさり終わってしまいすぎていました。その裏には担任などによる介入があったという設定なら、それをきちんと描写して欲しかったです。もし、そういうのがなくてクラスメイトから自然発生的に出たと言う設定なのであれば、あまりに強引な気がします。正直、今学校でいじめが続いているのは「やめなよ」の一言を言わなければいけないことは分かっているけれど、いえないという状況でいじめが蔓延するわけで、あれだけあっさり学級システムが二次変化できるんであればこんなにいじめ問題が深刻にはならないでしょう。「何で『やめなよ』って言えないの?『やめなよ』って言えばいいじゃん」というのが漫画にこめられたメッセージなら、もっと「やめなよ」というメッセージを言うための具体的な方略を示すべきでしょう。
 そして、「転校+アスペルガー→いじめ」というのも、何だかなぁ。いじめが終わった後のクラスについても、しっかり締めてもらいたかったなぁ。いろいろなブログでは、「アスペルガーについて理解が出来た」など肯定的な捉え方をされているのは良い事ですが、「僕もアスペルガーの特徴にほとんど当てはまる」「あ、僕もこれ(アスペルガー)なんだ」といった反応も多く、アダルトチルドレンがブームだったころの反応と似ていますね。まぁ、ここら辺の危惧は前々から指摘されていましたが・・・。

そんな訳で、もう少し丁寧にいろいろ膨らませてもらいたいですね。


いじめ解決の成功集、文科省が37例を全国配布へ

 前から繰り返しピックアップしている「いじめソリューションバンク」の文部科学省版ですな。そんな訳で、この取り組みは大歓迎ですね。

 この読売の記事に事例の抜粋が載っていたのですが、それを見て思ったのはいじめられる側とその周囲にいる人たちの一致団結がやはり重要なんだと思います。それに関連して、「いじめる側にもそれなりの理由がある」「いじめられる側にも問題がある」という見方がいじめを長期化させ、解決を困難にしていることがわかります。
 特に、担任とクラスメイトが協力して、いじめを許さない姿勢を見せた事例では、一人でも「いじめられてる○○だって、こんなことしてた」とかなどと自己制御したら、変化がうまれなかったでしょう。

 何はともあれ、なかなか面白そうです。文科省のHPなどからダウンロードできるようになればいいなぁ。その時はあらためて取り上げたいと思います。
 
 

≪関連エントリー≫
(当たり前だが・・・)自殺は最善の解決法ではない。(2006/11/01)
北風か太陽か(2006/10/27)
いじめソリューションバンク(2006/10/20)


いじめ解決の成功集、文科省が37例を全国配布へ
ブリーフセラピーについて、えらそうなエントリーをしておいてなんですが、ここ最近やたらと忙しい、日々をすごしております。

学校臨床は、ちょうど今が山ですな。忙しい時期に入っています。
でも腕が落ちたなぁ〜、本当に。学校臨床は一人職場なので、メタポジションになりにくいんですな。一年前までは、サブセラピストを入れた家族面接をやっていましたので、サブとリフレクトで見立てを言語化するだけでもかなりの力が要求されていたのですが、問題解決へのスピードが遅くなっている実感があります。う〜ん、もっと切磋琢磨せねば。

で、最近痛感しているのが「特別支援教育ってすごいなぁ」ということです。
特別支援教育に精通した人に出会うか出会わないかというのは、特に落ち着きがなかったり、知識の飲み込みが遅い子どもにとっては人生を大きく左右するのではないかと思います。いやぁ〜、本当に。もちろん教員やカウンセラーなども熟練した人に出会うか、???な人に出会うかでその人の人生が大きく左右されるでしょうが、特別支援教育のそれはまた特別な意味を持つと思います。

まぁ、特別支援教育についてはいろいろ思うところがありますが今日ここに書けるのはこのぐらいにしておきます。で、結局は自分自身もっと精進しなければいけないなという結論になるんですがね。ハイ、すみません。

 先日、ある仕事で事例について、同じ心理職と今後どのように連携をとっていくかという話をしました。お互いに、心理屋同士なので、尊重しつつうまくやっていくために努力をしてます。僕はブリーフセラピスト、相手はブリーフ以外のアプローチをしてます。なので、あまり自分のやり方ばかりを主張することなく、ケースに有益でお互いにやりやすい方法を考えていました。

 で、いろいろやり取りがありまして、話がかみ合わない部分が出てきましたので、僕なりの意見を言いました。少なくとも、自分の担当する曜日に関しては、自分がちゃんと理解した方法じゃないとできないので。それでも、僕の担当する部分について向こうも意見を言っております。何とか、いろいろ話し合って今後の方針がまとまってきたところで、最後の言葉が・・・「お互い、やり方が違うし、あなたもいろいろ言いたいことはあるだろうけれど、僕はこのケースのために良かれと思ってやらせてもらいます」という内容の言葉。

・・・って、その言い草は何?
 それは、大前提の話でしょうが。お互いにやり方が違うし(もし同じ理論背景だとしても別の脳みそで考えているわけですから)当然、見立てにずれが生じるでしょうし、方針が違うのは当然です。それを踏まえて、見立てを整理し方針を確認するのが連携なのではないでしょうか。そして、それこそがケースのために最善を尽くすということだと思うのですが。
 逆に言うならば、僕がそこで話し合っていた事はケースのためにならないことだったのでしょうか。

 どっと、疲れてしまいました。こちらの意図は届いていなかったようです。 
 何とか、話をまとめることができたので、あとはベストを尽くすだけです。

(・・・もちろん、内容は脚色してあります)
いまさらって気もしないではないが、

「(上島)俺は絶対やらないぞ!(肥後)俺がやるよ!(寺門)いや俺がやるよ! (上島)じゃあ俺がやるよ。 (肥後&寺門)どうぞどうぞどうぞ!」
熱いおでんを食べるなどの過酷な企画を誰がやるか決める時のギャグ。他の芸人と一緒にこのギャグをやることもある。 (ウィキペディア

 このダチョウ倶楽部のネタが、ある地域の小学校ではやっている。
・・・といっても、過酷な企画をやるという意味ではなく、最後の「どうぞ、どうぞ」の部分だけである。
 例えば、机と机の間の狭いところですれ違う時、「どうぞどうぞ」。給食のあまりを取り合う際に「どうぞどうぞ」。いままでは、その場面でいざこざが発生していたのが、みんな笑ってすごす事ができている。
 いじめなどが起きるとお笑いなどTV番組やTVゲームの悪影響ばかりが注目されてしまうが、こんな譲りあい効果もありますよ。
ここ最近、自分自身としてはリストカットをはじめとした、自傷行為について最善の支援をするためにはどうすれが良いか模索中なのです。心身症や不登校・引きこもりなどは、ある程度経験をつんでいますし、家族システムとして捉えやすい(三項関係を作りやすい)のですが、あくまで一般論ですが、リスカなどは、個人システム内で完結していると感じられる事が多く、三項関係を作りにくい。僕個人にとっては、結構弱点なわけです。
 そんな訳で、今のうちに知識を増やそうと考えています。実際に、相談があってからいろいろ調べたところで、役に立たないし、混乱するだけですからね。

まずロテ職人さんのところのエントリーを見て、一つ。

自殺予防 自殺予防
高橋 祥友 (2006/07)
岩波書店

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 これを読んで、内容次第で高橋先生の他の本にも触手を伸ばそうかと思っております。
 そして、自傷行為については、下の二つ。

自傷行為―実証的研究と治療指針 自傷行為―実証的研究と治療指針
バレント・W. ウォルシュ、ポール・M. ローゼン 他 (2005/02)
金剛出版

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精神療法 (Vol.31No.3) 精神療法 (Vol.31No.3)
(2005/06)
金剛出版

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 よく、自分自身の仕事について、いろいろな意味から消防士に例えて説明するのですが、火が出て現場にいってから、消火の手順を調べたり体力をつけようとしても手遅れな訳で、何もないときこそ学ぶチャンスだと思っております。
  
なかのひと